偉大なる存在に近づきすぎた人間
神話の時代の話。
人々は神に近づこうとバベルの塔を築いた。
イカロスは太陽へ近づこうと蝋の翼を広げた。
中谷潤人はモンスターへ近づこうと特攻した。
その後、どうなったのか。
人々は、神の怒りに触れて塔を壊された。
イカロスは太陽の熱に翼を溶かされ墜落した。
中谷潤人は、モンスターの一撃で負傷し、無敗を失った。
偉大なる存在に近づきすぎると、人はただでは済まない。
酒で酔っ払った経験すらない28歳の青年。
普通の人間、普通のボクサーが挑むには、あまりにも代償が大きすぎたと今なら思う。
失うもの大きさは、井上尚弥チャンピオンの方が大きいと戦前は思っていた。
しかし、いざ終わってみると「無敗」を奪われ、左目を負傷した一人のボクサーもまた大きなリスクを背負っていたと思う。
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近づき過ぎた
私は117-111と点を着けていた。
中盤1R、終盤2R。後半の中谷選手の猛攻はまさに決死。
10Rはさすがにジャッジも3人がつけていた。
しかし、何度も試合を観ていると、井上チャンプの神がかり的なディフェンス能力とスピードと距離感。足の位置、肩の位置、頭の位置。
私の目には速すぎて追いつかないけれど、全てがまるで計算されているかのような、先回りして動いているように見えた。
バッティングすら中谷選手の癖を読んで、自分が当たっても不利にならない位置に頭を置いていたように見える。
全ては絶対王者の手のひらの上で試合が進んでいたんじゃないか。
中谷選手や陣営は、選んだと思いながらも「選ばされていた」試合だったと見えてきた。
前半は捨てた。
挑戦者としてこの姿勢はどうなんだろう。
言い換えれば「中盤〜後半勝負」
これは自論だが、奪われたものは取り返せるけど、捨ててしまったものは二度と戻ってこないと思っている。
前半で中谷選手のボクシングを読まれたくなかった。
これは理解できる。
でも、その作戦を選ばざるを得なかったわけで、もし最初からアグレッシブに行っていたら、東京ドームという会場全体からもらった元気玉で元気150%の井上チャンプにもっと早く片付けられていたんじゃないかと思った…から、陣営がこのプランは選ばかなかった。
中盤。確か5RにもルディトレーナーからGOサインは出ていた。
でも中谷選手は行けなかった。
8Rでようやく中谷選手の攻撃が強くなった。
10R。中谷選手のワンツー。
一瞬効かせたように見えるパンチがあった。
しかし、よく見ると井上チャンプはどのラウンドのどのパンチも見ていた。
見えるパンチは効かない、見えないパンチが効くと言うことであれば、効いていなかったのかもしれない。
10Rは中谷選手につけたけど、後半を見ていると
効いたダメージをバッティングで一旦試合を止めて逃がしたようにすら見えた。
どのみち近距離でのパンチの勢いに体が負けてグラついて突っ込んできた。
バッティングがなくてもバランスを崩して、そこを井上チャンプに攻められた場面だったんじゃないかとすら感じた。
しかし、このバッティングでの怪我で、中谷選手は手負いの狼になった。
11R。
中谷選手は開始すぐに井上チャンプのジャブが当たりだして、どんどん当たってあの右アッパーに繋がったと思った。
このあとの結果はご存知の通り、序盤フルマークで3-0の井上チャンプ判定勝利。
スイングラウンドはあたっと思いますが、明確に中谷選手が取ったと言えるラウンドは3Rほどじゃないかなと。
再戦をしても勝ち切る事が難しいという印象は持ちました。
これを接戦と見るも、大健闘と称えるも個人の自由です。
事実は、3-0の判定で井上チャンプが勝った。
それだけです。
残酷さ
モンスターに近づきすぎた中谷選手は、無敗を失った。
残酷という言葉を試合前のインタビューで井上チャンプは口にしていました。
本当に残酷だと感じます。
方や、スーパースターで何十億と稼ぐ人気王者。
おそらくボクシングをしていなくても、何らかの業界で成功を収めていたとすら感じるほど。
方や、ボクシングがなければ死んでいたとすら思える、リング以外に感情を表現する方法を知らないボクサー。
どちらもボクシングが好きで、ボクシングを愛しているだろう。
でも、絶対的な存在がボクシングしかない人間から無敗を奪い去ってしまう。
これほど残酷なことはないなと感じました。
井上尚弥という男、中谷潤人という男
井上尚弥。
プロボクサー、スーパースター、エンターテイナーとしての顔を持っている超人だと思います。
試合までの盛り上げ方、試合の見せ方や流れの作り方、見られている意識。
ボクシングだけでなく、エンターテインメントに対する抜群のセンスを持っています。
個人的に前から書いていますが、中谷潤人というボクサーをプロデュースしたとすら感じています。
井上尚弥チャンピオンが輝ける東京ドームという舞台の相手役として、ふさわしい選手を見つけた。
それが中谷潤人というボクサーだった。
一年前の年間表彰式での交際宣言。
アフマダリエフ戦後のプロポーズ。
そして、5/2東京ドームでの盛大なセレモニーという血なまぐさい殴り合い。
グローブタッチや12Rは負傷した目を狙わなかったこと。
このあたり、もちろん精神的な支配(マウント)などと関係はあるかもしれませんが、子どもたちにも見せられるボクシングを井上尚弥チャンピオンは意識していたとなんとなく感じました。
思い込みですが、特にリング禍が多発した昨年から、倒さない加減したボクシングをしてるような気もします。
井上尚弥という男も、人の親なんですよ。
こういった試合外の勝負でも、中谷潤人選手は学ぶことがあったのではないかと思いますし、一人の青年にそういった手心なんかも学んで欲しいと感じました。
そうは書きながらも、勝負の世界だから手心なんて加えるなという感情ももちろんありますが、プロスポーツは単に勝てばファイトマネーが増えるわけでもない。
やっぱり人気が大事だし、見せ方も大事。
フェザー級の王者達の体たらくを見てご覧なさいと思います。
私の父親もプロスポーツの世界で記者たちに囲まれていた人間なので、プロスポーツの世界でスターを作るということや、駆け引き、様々なものを見てきました。
大きなお金が動くということは、個人の意思とは関係なく流れに飲まれるしかない部分もある。
そういった意味でも、残酷。
しかし、それを運の良さに言い換えることもできる。
誰でもあの舞台、井上尚弥チャンピオンと試合が出来るわけではないから。
そんな運も実力も申し分ない中谷潤人という男は、井上チャンプに12R使わせた。
ただただ凄い試合をした。
怪我を治して、必ず再び世界チャンピオンになれると信じています。